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やすんごのギリシャ・イタリア紀行(その10)
アテネ考古学博物館
   

(アテネ国立考古学博物館)

 1日に2つも博物館を巡るのは難行であるが、その次はアテネ国立考古学博物館15に行った。ここには、ギリシャ文明の源流が示されている。

 ギリシャ文明の発祥は、クレタ島である。紀元前2000年頃から栄えたクレタ文明は、オリエントからきたアジア系の民族が築いた文明であり、海洋性で、明るく女性的である。たこをモチーフとしたつぼの絵など、本当に自由闊達な生き生きとした線で描いている。クレタ島で発見されえたシンプルな人間像を見る。これは、2004年のアテネオリンピックの開会式のセレモニーでモチーフとして利用された。たしかに、シンプルだが、非常にモダンなデザインにも通じる曲線で描かれており、川島先生はモディリアーニやピカソにインスピレーションを与えたと表現していた。事実かどうかはさておき、そう想像してもおかしくないモダニズムが漂っている。

(ミケーネ文明の黄金の仮面)

 そして、クレタ島に続くミケーネ文明である。ミケナイ人あるいはアカイア人が北からやってきた。この人種はヨーロッパ系であったそうで、ギリシャ語を話した最初のギリシャ人である。ミケナイ人は、先進的な文明を持っていたクレタ人から多くを学んでいる。その証拠は、実はギリシャ語であった線文字B、タコの意匠をした壺、壁画などからも見て取れる。前13世紀を最盛期としたミケーネ文明をハイライトする展示は、やはり「アガメムノンの黄金のデスマスク」であろう。これはシュリーマンが発掘したものであり、シュリーマンはホメロスに歌われた伝説の王アガメムノンのものと考えたが、その後の調査により、それ以前のものであることが判明している。それでもこの仮面の価値は減ることはない。ミケーネ文明を象徴する存在である。

 紀元前8世紀にホメロスがイリアスとオデッセイで、トロイア戦争を描いたが、伝説とみなされてきていた。しかし、このトロイア戦争が紀元前13世紀にあった実際の史実であったことを考古学的に実証したのが、シュリーマンであり、トロイアとミケーネを発掘した。ミケーネで出土したその黄金の仮面を実際に見ることができるのは、やはりすばらしい体験である。


 
 アテネ考古学博物館の外見
 
 
 シュリーマン発見の「アガメムノンの黄金の仮面」。
(古典期の名作も盛りだくさん)

 この2つの文明の後、暗黒時代と呼ばれる文明の衰退期が数百年続く。そして紀元前8世紀にホメロスが登場し、紀元前6世紀にギリシャの古代民主制の最盛期を迎えることになる。美術品は、BC580年を境として、アルカイック期と古典期に分かれる。これは、彫像において非常に明らかだ。アルカイック・スマイルと呼ばれる例の薄笑いを浮かべた様式が古典期においては写実にとって代わる。

 古典期の名作も数多く残されている。私が一番気に入ったのは、ゼウス像ともポセイドン像ともいわれる青銅製の彫刻だ。これは、みごとなバランスで作られている。両手を大きく広げ、右手で雷あるいはトライデントを投げる瞬間の動きを表しつつ、実際の人間がそうであるように、左足のかかとと右足のつま先のみで地面にたって安定している。ガイドのアンナが、左足の下に紙を差し込んだが、本当の人間のようにかかと以外の部分は地面に接していないのだ。

 ギリシャ時代の作品は、コレー(少女像)、クローズ(少年像)などに、比較的小さなものが多い。これに対して、ローマ支配期のギリシャになると、像の大きさが実物大あるいはそれ以上になる。政治家などをたたえる目的で作られたものが多くなるからのことだ。

 
 ゼウス像。古典期の傑作。
 
 
 
   
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