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やすんごのギリシャ・イタリア紀行(その16)
スブラキの昼食とケンクレア訪問
   

(昼食でスブラキを食べる)

 コリントス遺跡の見学の後は、近くのレストランで簡単な昼食をとった。

 メイン・ディッシュは、豚の串焼きである。長い串に真四角に切ったサイコロのような肉がいくつも串刺しにされている。この料理は、ケバブかなと思ったが、ギリシャでは「スブラキ」という名前で呼ばれている。サラダ、ポテトフライ、スブラキの単純な料理だが、非常に美味い。

 川島先生は、食事の際には常にワインを出すことにしているようで、この昼食にも現地の赤ワインがでてきたが、料理ともよくマッチする。酸もしっかりした特徴のあるワインなので、調べてみると、このペルポネス半島で著名な品種のアギオルギティコらしい。別名を「ヘラクレスの血」という。

 非常に興味深かったのは、レストラン脇のコリントス運河にかかった橋だ。この橋は水面近くに掛かっているので、そのままでは船の通行の障害になる。このため、船が通るたびにこの橋自体がエレベータのように水中に没して運河の底まで沈降し、船がその上を通過できる構造になっている。非常に珍しい様式の橋であるが、食事後に船が通ったので、私たちはこの橋が水中に沈み、また、浮かび上がってくるのを見ることができた。

 
スブラキ
 
 
 
 沈降橋。
2枚目で下降中

(ケンクレア港遺跡)

 ケンクレアは聖パウロが誓願をたて髪を切った場所だ。

 遺跡が道路脇の海岸に残されている。日常の隣にこうした過去の遺跡が併存しているのがギリシャだなと感じる。川島先生は、「エーゲ海にタッチできるところ」なんて言ったので、女の子たちはキャーキャー言って海岸縁で水と戯れたり、海の写真をとっている。しかし、本来の目的地はその脇にある石の遺構だ。

 現在残された遺構は一部であるが、イシスの教会、キリスト教教会などが残されている。どれだけの規模の船がここから旅立ったのかは不明だが、聖パウロがここからエフィソスに出航したことは知られているらしい。
 使徒パウロのおかげで教会ができた。しかし、その教会も現在は遺跡が残るだけだ。

 
ケンクレア遺跡
 
 
 
   
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