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やすんごのギリシャ・イタリア紀行(その17)
エピダウロス遺跡と円形劇場
   

(エピダウロス円形劇場跡)

 アポロンの息子で医者の神であるアスクレピオスを祭った神社が、エピダウロスに建設されている。

 紀元前8世紀は神話の時代、ホメロスの時代である。紀元前5世紀はアテネ覇権の時代。こうした時代までは、神々への信仰があったが、紀元前3世紀になると、ペロポネス戦争の結果、ギリシャ国内は乱れ、神々への信仰よりも俗世的な癒しや医療への信仰が主流になり、アスクレピオス信仰がギリシャ全土に広がる。そのアスクレピオスの総本山がエピダウロスであった。

 エピダウロスでは、円形劇場があまりにも有名だが、当時、円形劇場は、神殿、医療場、競技場のさらに一番奥に存在していた。

 円形劇場は、山中に斜面を利用して設けられている。円形の舞台を底にして、すり鉢状に同心円状に広がる座席からなる。音響効果は完璧であり、実際、ガイドのアンナが舞台中央で落としたコインの音が、最上部の座席からも明確に聞き取れた。円形のすり鉢状の構造が集音マイクのように機能し、どの座席にいても、音声が明確に聞き取れる。そこまで計算して設計したのなら、すばらしい劇場である。

 この劇場では、川島教授がイリアスの一節ギリシャ語で朗々と歌い上げていた。それから、女の子の一人が「千の風になって」を歌っていた。音響効果がすばらしい。

 この円形劇場も100年前に発見されるまでは土中に埋まっていたとのこと。その後実際のギリシャ悲劇も公演されたが、痛みが激しく、現在は夏の限定された期間の週末のみ上演されている。しかし、石造りのいす席をみると、欠けている部分も多く、数%は使えない状態である。実際にこうした古代遺跡を使うとなると苦労が多いと思う。

 
エピダウロス
円形劇場
 

(エピダウロス・アスクレピオス神殿の遺構)

 劇場の手前に当たる部分には、アスクレピオスの神殿の遺跡が残されている。

 非常に広い範囲に神殿は広がっていたことがわかる。現在、古代の遺跡が部分的に再現されているが、遺跡が欠落した部分は、細工をほどこさない真っ白な円柱などを置いている。まるでその部分だけ現在建築のようで非常に違和感がある。もう少しましな修復をした方がよいと思う。

 目を引くのが、ストア(列柱)のある神殿の跡である。この地域は、通常の人間の入場が禁止されていた神の領域であったらしい。しかし、その聖なる領域に、人間の中でも特に不浄とされた病人を入れて、そのことにより癒しの領域にしていたという。いわば古代のサナトリウムのようなものだと思う。たとえば、らい病患者などを収容していたのではないか。聖と穢れの対象がおもしろい。

 また、このストアを有する神殿のそばに円形の建物の遺跡がある。この円形の建物は周りに柱が円形に配置され、非常にモダンなデザインとなっている。紀元前4世紀となると、こうしたデザインの建築も可能になったという。この円形の建物は川島説によると地下に蛇を飼っていた場所ではないかとのこと。合理的なものと非合理なるものの対象がギリシャ精神にあることを川島先生は力説していた。

 
 エピダウロス
アスクレピオス神殿跡
 
 
 
   
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