TOP    
BACK   UP   NEXT

やすんごのギリシャ・イタリア紀行(その19)
ミケーネ遺跡(世界遺産)
   

(ミケーネ遺跡)

 朝、ナフプリオのホテルを出発し、ミケーネ遺跡に向かう。小さい頃に読んだ「夢を掘り当てた人」で著名なシュリーマンが発掘した現場だ。ある意味今回の旅行のハイライトでもある。

 ミケーネ遺跡はミケナイ人が築き上げた山城である。この城の印象は、二つの大きな山の谷間にできた城であり、繊細さというよりも骨太の粗野な作りの男性的な力を感じる。ミケナイ人たちはクレタ島の南方から民族とは異なり北方から来た民族であり、王をトップにした官僚制度に支えられた専制君主国家であったと考えられている。アルゴス平原には、ミケーネのほか、平城を拠点としたティリンス、丘陵に展開したアルゴスという、3つの拠点があった。これらが3つの王国として独立して存在したのか、ミケーネの支配下の拠点として存在したのかはわかっていない。しかし、いずれにせよ非常に狭い範囲でギリシャの国家が成立していたという事実には間違いがない。

 ミケーネ遺跡では、まずライオンの門が一同を迎える。これは、二頭のライオンが向かい合った形で刻まれた大きな三角形の石がゲートの上を飾っている。ライオンの顔は喪失している。

 博物館に入ると、正面にシュリーマンの写真などもある。展示物で一番目を引くのは「アガメムノンの黄金の仮面」である。しかし、ここの展示物はレプリカであり、アテナイの考古学美術館で既に私たちが目にしたものが本物だ。

 この黄金の仮面は、ライオンの門を入って右側にある円形の墓から出土したものである。この墓は10メートルほどの円形状に作られ、石を積み上げて、本来はドーム状になったものである。これを蜂の巣状の墓と呼んでいるとのこと。中に入ることはできないが、上から眺めると、円形に積み上げた石の内側にさらにスレートで円形の構造がある。数名の遺体、仮面などが出てきたとのことだ。

 本来、墓は、城壁の外側に作るという常識がある中、この墓は城壁内に位置するため奇妙にも感じられるが、城の規模が拡大するに従って城壁が外に拡大し、その結果、昔の墳墓が城壁内にとりこまれたのではないかとの推測がある。また、この墳墓はかなり古い時代のものであるため、子孫からは聖地として取り扱われた可能性もある。

 美術館を出て、現場に出てみる。かなりごつごつとした丘陵地帯の遺跡である。現在は遊歩道が整備されているからそこを歩けるが、この地域が町として機能していた時代にどこに道があったのかはよくわかっていない。城砦内には、いくつもの建物の土台を示す石組みが残っている。建物自体は、木造であったとのことだ。どのような形であったのか想像しようもない。

 敷地内の一番高い場所に王宮があったことが確認されている。この王宮は、応接間、広場、玉座の間などに分かれている。そして、浴場の間とされる場所もある。ここでは、お風呂に入ったというよりも、宗教的な禊ぎを行ったと解釈されている。

 
ライオン・ゲート
 
 
 円形墓地。
黄金の仮面が出土

(クリュタイムネストラによるアガメムノン殺害の現場)

 ミケーネ遺跡の浴場の前で、川島先生の講義が始まった。まさに、ホメロスのイリアスに歌われた現場の地に私たちはいるわけだ。

 ホメロスによると、トロイア戦争は、スパルタの王女ヘレナをトロイアのパリス王子が奪ったことに端を発し、このヘレナを取り返すため、スパルタ王のメネラオスとその兄弟であるミケーネア王のアガメムノンが、全ギリシャ軍を率いてトロイアに遠征する物語となっている。ちなみに、ヘレナの姉妹であるクリュタイムネストラは、アガメムノンの妻でもある。

 アポロンの神託にしたがい、ゼウスの正義を実現するために全ギリシャを率いたアガメムノンであったが、出航に際し逆風が吹き、出航ができない。このため、女神アテナイに訪ねたところ、アガメムノンの娘イピゲネイアを生け贄に差し出せとの神託が下る。アガメムノンは迷った末、娘を犠牲にする。この結果、ギリシャ軍はトロイアに出航することができた。そして、10年間戦いが続き、最後には有名な「トロイアの木馬」の計略によりトロイアを滅ぼすことができたわけである。

 しかし、夫アガメムノンにより実の娘を殺されたクリュタイムネストラはこのことを恨みに思い、愛人であるアイギメストスとともに、凱旋したアガメムノン王を殺害する。その殺害の現場こそがこの浴場である。

 このアガメムノンの悲劇は、アイスキュロスによりギリシャ悲劇の題材としてとりあげられている。アイスキュロスのクリュタイムネストラは単に悪女ということではなく、女の正義の実行者として描かれている。

 事実はどうであれ、私たちは伝説と悲劇の現場の目撃者となる。そんなツアーがこの川島先生の醍醐味である。

(水源地と地下への階段)

 さて、王宮跡地を過ぎると、職人町の区画がある。ここら辺から見ると、この城塞都市が急峻な崖に設置されていることがよくわかる。

 そして最後にたどり着くのが水源地である。
 城にとって重要なのは、どうやって水を得るかである。城壁の一番奥に水源である地下へと続く階段が掘られている。この階段は30メートルほど降りるが、途中に灯りもなく暗黒であるため一般の観光客は訪問しないが、川島ツアーでは懐中電灯を用意することになっており、どんどん入っていく。石造りの階段が続いており、最後の行き止まり部分からかつては水がとれたようだ。現在は水は存在しない。最後の部分で足を滑らせて50センチほど転落してしまった。訪問者は気をつけた方がよい。

(蜂の巣状墓地)

 ミケーネ遺跡の最後の訪問地が蜂の巣状墓地と言われるドーム状の建物だ。川島先生は、こここそがアガメムノンの墓のあった場所と主張している。

 外見は石積みの建築物で、入り口とその上には力を逃がすため三角形の穴がある。ここには三角石がはまっていたのではないかと想像できる。中に入ると、円形の構造物であり、天井までドーム型に組み合わされている。3000年以上前の建物として非常に精密な作りであり、ミケーネ文明が非常に高度な文明であったことがわかる。

 
 浴場の前での講義
 
 水源トンネルで
 
 
 蜂の巣状墓地
 
 
   
    TOP    
BACK   UP   NEXT