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やすんごのギリシャ・イタリア紀行(その22)
オリンピアからデルポイへ
   

(昼食でロールキャベツを食べる)

 オリンパスの神殿近くのタベルナで食事をとる。ここはかなり大規模な店なので、観光レストランっぽい。ロールキャベツ、サラダ、鱈のフライ、マッシュポテトがメニューであった。

 このロールキャベツのことを「ドルマーデス」と呼ぶ。本当は、夏の間はオリーブの葉で包むそうであるが、オリーブの葉がない期間はキャベツで包む。ハーブがきいていて、日本で食べるロールキャベツとは別の味であるが、日本人の舌にもあう。さっぱりしていて良かった。

(オリンパスからデルフィまで大移動)

 オリンパス見学を終え、食事も終えたので、この日の移動は、オリンパスからデルフィ29までバスで5時間ほどかけての移動である。

 途中、メソロンギという町のそばを通る。バイロン30が死去した町で、独立戦争の聖地だそうだ。トルコに包囲され、住民が脱出するが、トルコに虐殺されたという史実が残っている。これを「メソロンギの脱出」と呼び、脱エジプト(エキソダス)になぞらえているとのことだ31。バイロンはギリシャ独立戦争に参加している。

 ペロポネス半島からギリシャ本土に渡る。イオニア海にかかった大きな橋を渡る。この橋は2004年に完成した。それまではフェリーなどを利用していたので、時間は大幅に短縮した。瀬戸内海大橋にも似ている。通行料は59ユーロとかなり高い。途中ドライブインにより、おみやげを買い、コーヒーを飲む。

(事件発生)

 ドライブインから再出発して、デルフィに近づいてきたところで突然バスがストップした。エンジン・トラブルである。運転手が懸命に修理をする。ここで1時間ほど立ち往生したが、どうしてもバスが動かない。外はだんだん暗くなるし、どうしたらよいか不安が参加者の間にも広まっていく。

 このときに、なんとアメリカのダラス大学の古代ギリシャ研究ツアーのバスが救援の手をさしのべてくれた。オリンビア競技場で私たちの後で走っていたグループである。デルフィに行くという。古代ギリシャ研究ツアーということで、私たちと回るルートがまったく同じであったのだ。彼らは三台のバスに分乗していたから、私たち35人が乗るスペースがあったという非常にラッキーな状態であった。

 彼らのバスに同乗させてもらい、デルフィの町まで送ってもらった。これも後で考えれば旅のよい思い出になるのかもしれない。

 
 ロールキャベツ
ドルマーデス
 

(夕食で子羊肉を食べる)

 バスを降りて冷たい雨のなかをとぼとぼと歩いてようやくホテルにたどり着く。アクロポール32という中級ホテルである。なんと、ダラス大学のグループのうちの男子生徒と同じ宿舎だ。これにも大妻女子大の学生は興奮している。しかし、彼女らは語学の問題があるのか、全く話しかけようとはしない。せっかくのチャンスなのにと思う。

 この日は、ギリシャ最後の夕食ということで、川島先生も奮発して子羊の肉の炭火焼きを出してくれた。特別注文の料理である。非常に美味であった。なんと、バスを提供してくれたダラス大学の一行も同じレストランでの食事だ。ただし、私たちの子羊は特別料理なので私たちのテーブルだけだ。

 いつものように学生にはハウスワインを出したが、大人テーブルでは赤ワインをボトルで注文してみた。しかし、このワインはビオであったせいか、いまいちピンとこなかった。

 
 子羊の骨付き肉
とてもおいしかった
 
 
 
   
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