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やすんごのギリシャ・イタリア紀行(その25)
ジェノヴァの町並み
   

(ホテルでゆっくりする間もなく出発)

 泊まったグランドホテル・サヴォイアは5つ星で、非常に高級なホテルである。フロントやロビー回りも豪華に作られている。また、部屋も広く、スパやジムの施設も整っている。しかし、真夜中に到着し、朝8:30出発というこのツアーでは、ホテルのこうした施設を楽しむことはまったくできなかった。

 朝食の豪華さもこれまでのホテルとは全く違う。コーヒーなどの飲み物をウエイターが持ってきてくれるし、その場でオムレツを作ってくれる。食べ物も、朝から生ハム、スモークサーモンなど、高級食材がでていた。学生にはもったいないホテルである。私たちとしては、もうすこしゆっくり楽しみたいホテルであった。

 

(ジェノヴァ市内観光)

 朝8:30から活動開始だ。バスでジェノヴァ35市内を移動する。

 まず、港に行く。1492年にこの町出身のコロンブスがアメリカ新大陸を発見した。その500年後の1992年にジェノヴァで記念行事が行われ、その際に港も整備されたとのこと。整備の内容は、新しい水族館の建設、植物園、港のモニュメント、などなど。でも、日本からの観光客にとっては、非常につまらない近代的な建物をつくったように思える。しかし、現在も活動中の生活とビジネスの町なのだから、こうした整備は地元の人間にとっては意味あることなのだろうと思う。

 港地域で目を引いたのは、税関のあった中世のビルだ。だまし絵が一面に書かれている。その後、このビルは、銀行の建物になった。裕福なジェノヴァは海洋共和国を築き上げ、ヨーロッパ各国政府に金貸しをした。ガイドのジャンによると、ナポレオンに征服されたジェノヴァがその後独立を勝ち得ることができなかったのは、銀行の借金の棒引きを期待する各国の要望によったとの説があるそうだ。ナポレオン戦争後、ジェノヴァは、サルディニア王国に併合された。そんないわれのある建物だ。

 しかし、ガイドのジャンに言わせると、ジェノヴァ人というのはイタリアでは「どけち」の代名詞であり、建物も本物の彫刻をおく代わりにペインティングで代用したのはどけちだからとのことであった。
 
 その後、市内をバスで回って、デ・フェラーリ広場に到着。地元出身のフェラーリ家はパリで金を儲けたが、この広場が整備されたときに多額の寄付を行い、その名前を広場の名前にとどめている。一番目立つネオクラッシックの建物は、かつての株式取引場。現在は証券取引はミラノに統合されているが、かつてはそれぞれの有力都市には株の売買場が存在した。オペラ座をはさんだ正面には。リグーリア州議会がたっている。

 そして、この広場に面した侯爵公舎は現在は文化センターとして使われている。この侯爵公舎は、でフェラーリ広場に面した側はたいしたことはないが、ファサード側にいくと、やはり円柱と彫刻をかざりつけた立派な建物であることがわかる。また、入り口を入ったところにある列柱のない大空間、そして脇にある2つの吹き抜けを伴った作りなど、なかなか味のある建物である。

(ドゥオーモの見学)

 ジェノヴァの大聖堂(ドゥオーモ)は、聖ロレンツォを祭った教会である。教会の正門の上に鉄格子と聖ロレンツオの彫刻がおかれている。ロレンツオは、ローマ時代のスペイン出身のキリスト教徒であるが、スペインからイタリアを通ってローマに行った。ローマでは、キリスト教迫害の時代であり、様々な拷問が公開で行われた。ロレンツォの場合は鉄格子の上でバーベキューのように生きながら焼かれたが、その際、体の焼けていない側を指さして「こちら側は焼けてないぞ」と叫んだとされる。殉教者であるから聖人として認定されたわけだ。キリスト教の公認以降、聖ロレンツォは人気のある聖人として各地で祀られている。ジェノヴァでも、この聖ロレンツォが宿泊をしたという民家があり、その民家跡地に作られたのがこの大聖堂である。

 この大聖堂の見所は、第一次十字軍遠征の際にジェノヴァ出身者が持ち帰ったとされる洗礼者ヨハネの骨である。これは大聖堂の左側に作られた祭壇の中に骨壺が納められ、かつては信者が骨壺にさわれるようになっていた。この大聖堂の中でも最も華美な装飾がなされている部分である。

 この大聖堂は、何世紀にもわたって建設が続いた建物であり、様々な様式が組み合わさっている。たとえば、正面の幾何学模様や白と黒の縞模様の意匠などは、アラビアの影響を強く感じる。また、内側にも14世紀のテンペラ画から、19世紀のステンドウグラス、20世紀の絵画など、組み合わせがおもしろい。
 
 大聖堂からバスに戻る途中に、ドミニク会の教会に寄った。この建物は外見はそれほど豪華には見えないが、ルーベンスの絵画が2枚も飾られている。私たちが訪問した際にはちょうどミサの最中であったため、絵画を一瞥しただけで、教会を後にした。

 ジェノヴァは、コロンブスの出身地であることは前に述べたが、バスでコロンブスの生家といわれる場所の前をとおり、これでジェノヴァの観光を終了した。

 
 ジェノヴァ港にある帆船。
 
 フェラーリ広場。
 
 
 
 ドゥオーモ。
聖ロレンツォを祀る
 
 
   
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