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やすんごのギリシャ・イタリア紀行(その27)
中世都市ルッカ
   

(大理石の産地カラーラを通過)

 トスカーナ地方では、非常に上質の大理石を産出する。カラーラという場所でとれるが、ちょうどルッカにいく道筋で通った。このマーブルは、マルモという化学構造であり、この場所でしか地球上で産出しない。産出した瞬間は柔らかいが、酸化して硬化していく。ミケランジェロの作品もカラーラの大理石に刻まれているものが多いという。高速道路からも石切場の白い山肌が見え、かつ、加工場で多くの石板が積まれた現場も道路脇に見ることができた。

 
 カラーラの大理石置き場
 

(中世の城壁都市ルッカ)

 ルッカは、トスカーナ州ルッカ県の首都である。城壁が完璧な形で残っている都市だ。紀元前2世紀にローマの植民地になり、円形競技場や劇場が建築されている。5世紀にローマ帝国がゲルマンに滅ぼされると、建物も破壊され廃墟となったが、8世紀、9世紀頃から再度定住がすすみ、古代遺跡を利用して建物は再利用された。

 みんなで町中を歩いてみた。この町は観光都市ではなく、ごく普通にイタリア人が暮らしている町である。ローマ時代の円形競技場のあった場所に行ってみると、円形の広場が真ん中にあり、それを円形に囲む形で、商店や住宅がある。入り口のアーチの形が等間隔で並んでいるのを見ると、この広場は昔は競技場のフィールドで、商店や住宅部分が観客席の土台部分であったことが理解できる。2000年前の建築の構造を利用しつつ、改築を重ねて、現在のやり方で生活が営まれていることに、イタリア人のしたたかさや知恵を感じる。

 古代や中世の城壁は、交通の障害になったりして近代的な都市では邪魔になるので、イタリアが共和国になってから多くの町で壊されたそうだ。しかし、ルッカで街の外周の城壁などが撤去されなかったのは、城壁を取り壊す予算もない貧乏な町だったからという。

 中世の雰囲気の残った町であるが、観光化された町ではなく、遺跡に溶け込んだ形で通常の生活がそこにある。川島先生はやけにこの町がずいぶん気に入ったようだ。


 
 ルッカの街角。
 
 円形競技場そのまま
 

(ホテル・ロンドラ)

 ルッカの訪問を終えると、一路フィレンツェに向かった。ホテルにチェックインし、すぐに夕食。牛肉のステーキをカットしたものが出た。やはり、Tボーンステーキの本場であるからか。

 フィレンツェで泊まったホテル・ロンドラは、四つ星ホテル。6階建てでフレンツェでは大規模な部類のホテルである。駅に近いが、観光の中心からは一足ある。コンチェルト・グループのホテルで、日本の旅行社もよく使っている模様だ。ジム内にはサウナも設置されているのはよかった。この旅で初めてサウナを使うことができた。

 部屋の暖房が効いていることはこれまでのホテルと違った点だが、やがて温度調整がきかずに暑すぎになることが判明。夜どおし、窓を少し開けて過ごす。後で聞くと寒かった部屋もあったそうだ。古いホテルは温度調節に難がある。

 特筆事項ととしては、壁が薄いのか、隣の部屋で女の子たちがぎゃあぎゃあ夜おそくまで騒いでいるのが聞こえてきた。12時半になっていたので、注意して解散させる。修学旅行の夜の枕投げと間違えているのか、女子大生といっても子供である。別のホテルでも、カナダ人観光客からホテル側に文句がでたと注意をうけているのを聞いて、ああまたやっているなと思った。
 
 ビーフにルッコラ
 
 
   
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