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やすんごのギリシャ・イタリア紀行(その28)
ルネッサンスの象徴-ダビデ像
   

(フィレンツェの概況)

 この町は英語ではフローレンス、ラテン語ではフロレンティア、イタリア語でフレンツェ。町のシンボルはアイリス。これは百合ではなく、アヤメであり、ミケランジェロ広場にも咲いている。

 フィレンツェは11世紀から商業、工業を中心に繁栄した町である。1300年代にフィレンツェでは、ウールの生地、刀、鎧甲、彫金製品、革製品などの産業を発展させ、その製品がヨーロッパ中に広がっていくことにより、富を集中した。これらの産業は現在の高級ブランドにもつながっている部分がある。

 こうした産業による富の集中を背景として、1400年代に宗教画が装飾品として裕福な家庭にも飾られるようになっていった。フィレンツェの事実上の支配者であったメディチ家は、芸術家の庇護者としても有名であり、14世紀、15世紀を通じてフィレンツェに芸術家を集めた。そして、メディチ家は、一族から枢機卿、法王を出し、フィレンツェの芸術家をローマにつれていった。そして、これらの芸術家はメディチ家の庇護の下、15世紀にルネッサンスを開花させた。この意味で、フィレンツェは、イタリア・ルネッサンスの中心都市と言うことができる。

 川島先生が、イタリア・ルネッサンスの中心都市であるフィレンツェを今回の訪問地に入れているのは、もちろん、ギリシャ・ローマの文芸復興としてルネッサンスが位置づけられるからであり、文化的継承を学んでほしい意図があるからに他ならない。

 
 
 

(アカデミア美術館のダビデ像)

 フィレンツェにおける最初の訪問場所は、アカデミア美術館。ここの目玉は当然ミケランジェロのダビデ像である。

 この彫刻が作られるようなった背景としては、長らくメディチ家の支配にあったフレンツェの街において、有力市民たちが反乱を起こし、メディチ家を追放した事件があった。この時に、新生共和国のシンボルとなる像を共和国政府がミケランジェロに依頼し、できあがってものがこのダビテ像という。

 このダビデ像は、脆弱な基盤しかもたない共和国が、当時ローマに亡命していたメディチ一族に対抗するためのシンボルであった。強力なメディチや周辺の国々という強敵に立ち向かわなければならなかったフィレンツェの姿を、自分の何倍もの巨人ゴリテアに立ち向かう若きダビテになぞらえたものである。

 フィレンツェ・イコール・メディチというイメージがあったので説明を聞い驚いたが、結局、その後メディチ家はフィレンツェに帰り咲いている。こうした背景があってもメディチ家はダビデ像を破壊しなかった。

 この像は長らく市役所前広場に飾られていたが、屋外の設置では傷むので、アカデミア美術館に移設されたという経緯がある。ただし、現在でも広場にはレプリカが置かれている。ブロンズのレプリカはミケランジェロ広場にもおかれている。世界中にもいくつかレプリカが存在しており、日本でも美し森彫刻美術館にある。しかし、やはり、オリジナルをアカデミア美術館で見るのは格別である。

 この像は非常に均整のとれた理想的な体型の成年男子に見えるが、よくみると、手のサイズがやや大き目につくられている。石つぶてを投げる投石用のベルトを持っているため、戦う意志を強調したようだ。

 羽仁進の書いた岩波新書「都市」の冒頭に、このミケランジェロの作品の話が出ている。ルネッサンスを象徴する若々しいダビテ像というくだりが印象に残っている。ダビテがルネッサンス精神の象徴であることがよくわかる。

(ミケランジェロのピエタ像)

 アカデミア美術館にはミケランジェロのピエタ像もおかれている。バチカンのピエタなど、通常のピエタは聖母マリアがイエスを抱いている、これに対して、ここのピエタは、イエスをニコデモが支え、マグダラのマリアが支えているので、厳密な意味ではピエタではないが、「パレストリーナのピエタ」と呼ばれている。

 ニコデモというのは、ヨハネ伝で登場する人物である。ユダヤ教の司祭であるが、ユダヤ教を批判したイエスを隠れて訪問する人物である。川島先生の考えでは、ニコデモは、最終的にはキリスト教を信じ切れなかった人物なのにここで登場させたことは、ミケランジェロは、自分のことをニコデモにたとえたかったのかもしれないとのことである。

 この彫刻は、途中であり完全には仕上がっていない。アカデミア美術館では、つくりかけのミケランジェロの彫像というよりも、ほりかけの大理石の塊が4体ほど展示されている。あたかも大理石の塊の中に最初から美しい像が埋まっているものを単に削りだしているようなミケランジェロの天才の仕事ぶりが、この塊から理解できる。

 このアカデミア美術館は、ストラデバリも展示されている。外観はそれほど美しい楽器ではない。単に薄っぺらの普通のバイオリンにしか見えないこの1710年代の楽器がなぜすばらしい音色を出すのか、私のような門外漢には全く理解できないが、音楽好きの人なら一見の価値があると思う。

 
 広場のダビデ像(レプリカ)
 
 
 
   
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