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やすんごのギリシャ・イタリア紀行(その29)
ウフィツ美術館
   

(ウフィツィ美術館)

 アカデミア美術館でダビデ像を見た後、全員でウフィツィ美術館を現地ガイド付きで見学した。

 この美術館は、もともとメディチ家の事務所として作られた建造物である。ウフィツィというのは、イタリア語で「オフィス」すなわち事務所の意味である。メディチ家の当主は、川向こうに居住用の城を作り、ベッキオ橋の上の専用通路を通って自宅の居城まで誰にも姿を見られることなく自由に移動できるようにした。そして、その事務所の通路に美術品を飾り始めたのが、このウフィツィ美術館の始まりというから、すごい話である。

 このように、この美術館はメディチ家の美術品が元になっているが、メディチ家の最後の女性当主アンナ・マリア・ルイーザが、美術品の散逸をおそれ、美術品の公開とフィレンツェから持ち出さないこと条件にフィレンツェに寄贈したため、現在のウフィツィ美術館がある。芸術を愛した一族の最後の贈り物というわけだ。
  
 さて、この美術館で見るべきものは、一言で言えば、ルネッサンスだ。

 最初の部屋は、中央に大きなジョット47の聖母子像がある。それ以前のイコンが非常に平面的に描かれ宗教的象徴として聖母子像を描いたのに対して、ジョットの聖母子像は、濃淡法で立体化とボリュームを表現し、乳房のふくらみももつ写実的な聖母子像になっている。それまでのイコンであった宗教画を劇的に変えた一枚とされている。

 ジョットに続き、濃淡による遠近表現のほか、透視法、空気遠近法など様々な立体表現の技法が研究され、絵画はどんどん変化していく。宗教画の流れは、ジョットを始祖とするフィレンツェ派と国際ゴシック様式に分かれていくが、フィレンツェ派からは、リッピ、その弟子のボッティチェッリ、その息子のリッピなどが輩出する。

 やはり、このウフィツィ美術館の一番の人気は、ボッティチェッリであろう。「ビーナスの誕生」と「春」。この2枚は美術史を飾る名作である。誰でも複製を一度は見たことがある名作であるが、実際に実物を見るのは趣が全く異なる。この絵について、現地ガイドさんは、プラトン主義の理想の中でこの絵画が生まれたことを強調していたが、川島教授は別の解釈をしているようだ。

 
 メディチ家最後の当主アンナ・ルイーザ
 

(ウフィツィのダビンチ作品)

 ウフィツィには、レオナルド・ダビンチの作品が3枚、同じ部屋に並べて飾られている。

 一番右にかかっている一枚は師匠との合作であるが、左の天使がダビンチの作品とされる。陰影の微妙な表現は彼ならではのものとなっている。

 次の真ん中にかかっている聖母子像はかきかけである。一番左にかかっている受胎告知は非常に穏やかな表示をしたマリアである。ただし、マリアの手のプロポーションが左からみるとゆがんで見える。この絵が左端の空間におかれることを前提に、右からみて正しいプロポーションに見えるように計算してかかれた絵であるという。ミケランジェロのダビテ像にしろ、ダビンチの受胎告知にせよ、ルネッサンスの天才はそこまで考えていたのかと感心する。

 さて、この時代、微妙な光の陰を用いて遠近表現をしたレオナルド・ダビンチの天才は、同時代の多くの画家に衝撃を与え、多くの画家がレオナルドの絵画をまねて一大ブームが起きたようだ。だから、ダビンチの絵はそれほど多く残されていないが、ダビンチ以前とダビンチ以後で絵画の世界が全く変わってしまったような衝撃的な存在であったようだ。

 レオナルドに続く世代には、ミケランジェロ、ラファエロなどの天才が輩出し、まさに、フィレンツェが芸術の中心となる。それが、ウフィツィに集まっているということだ。

 
 
 
   
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