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やすんごのギリシャ・イタリア紀行(その33)
サンタポリナーレ教会
   

(サンタポリナーレ・イン・クラッセ教会のモザイク)

 まだまだラヴェンナのモザイク巡りは続く。ラヴェンナには市街から少し離れた場所にも見るべきモザイクはある。一行はバスで中心部から5分ほど走ったクラッセに移動した。クラッセは艦隊という意味であり、かつて海軍港がおかれた場所だ。しかし、現在は内陸8キロとなっている。ローマ時代以降に埋め立てが進んだからである。ここにあるサンタポリナーレ・イン・クラッセ教会の後陣には、よき羊飼いをテーマにしたモザイクが飾られている。

 教会の名前の由来である聖アポリナーレとは、この地方の聖人であり、当時、教会が聖人の墓の上に立てられることが多かったように、このクラッセにある教会も聖アポリナーレの墓に建てられたものである。

 さて、モザイクの方であるが、大きな十字架の真ん中にひげのあるキリストが描かれ、青い空間に99の星が描かれている。99匹の羊をおいても1匹の迷える子羊を救うという聖書の逸話を想起させる。十字架の下に描かれた聖アポリナーレが12匹の子羊を従えている。聖書に出てくる「よき羊飼い」を連想させる。

 非常に牧歌的なタッチでのびのびと描かれたイコンは、原始キリスト教時代のみずみずしい感性を感じさせる。中世以降の辛気くさいイコンとは全くの別物である。非常におもしろいのは、天から片手のみが見える図が描かれていることである。これは神の象徴である。神を人物として描く西方教会とはまったく違う表現である。

 この背景としては、当時は、アリウス派の教義が信じられていたことが上げられる。このキリスト教の中のアウリス派においては、神と精霊とキリストが同一という、三位一体説はとっていない。すなわち、キリストは神の子であるが、神そのものではないという教義であった。この派はその後異端とされるが、ゴート族などの中には広く浸透したようだ。。こうした教義の違いを繁栄して、イコンやモザイクの材題も異なっていく。

 西ヨーロッパはその後ゲルマンに支配される。しかし、宗教の方はバチカンのローマカソリック教がゲルマン人の間に広がる。このため、西ヨーロッパ世界では、世俗権力と宗教権威は分かれる。一方、13世紀まで続く東ローマ帝国では、世俗権威と宗教権威は統一された形となっている。これが東と西の違いとなっていく。

 
 サンタポリナーレ・イン・クラッセ教会
 

(イタリア・ギリシャにビザンチンのモザイクが残された理由)

 さて、振り返ってみると、ラヴェンナには5世紀のモザイクが残されている。ギリシャで訪問したオシオルーカス修道院には11世紀のモザイクが残されていた。シシリー島のパレルヤにもモザイクが残されている。ウッフィツ美術館でみた最初の絵、ジョット、ジマブーエなどの13世紀の画家の描くイコンはビザンチン風であった。こうした形でイコンは西ヨーロッパの世界では描かれ、また、ミケランジェロのピエタのように立体芸術としても普及していく。

 しかし、これに東方世界は、基本的に旧約聖書の世界である。ユダヤ教でもイスラム教でも教典となっている旧約聖書では、神は目に見えない、モーゼの十戒に代表されるように、偶像崇拝が禁止されている。このため、初期キリスト教において作成されたイコンが、その後東方世界では原理主義的なイコン破壊運動によって破壊されることになった。多くのモザイクが作られたコンスタンチノープルは、イコン破壊運動の中心地となり、ほとんどすべてのモザイクが破壊されてしまった。

 この偶像崇拝禁止とイコンの問題は、長い論争を経て、9世紀になってやっと受肉の論理により、イコンが認められるようになった。それは、キリスト以前は神の世界で目に見えないが、キリスト誕生において神が人間になった(受肉)。このため神が目に見えるようなったとするものである。したがって、イコンも許されるとする論理である。

 この点がキリスト教と、ユダヤ教・イスラム教と区分するものである。「ロゴスがあった。ロゴスが肉となった。」と聖書にも書いてある。しかし、ユダヤ教のモーゼの十戒の第一は、「神を人の手でつくっていけない」とうことだ。

 非常に平面的な表現のイコンについては、技術がなかったため平面的にしか書けなかったのが、ルネッサンスで立体表現になったという考え方もある。しかし、川島先生は、書けなかったのではなく、あえて書かなかったという説をとっている。
 
 モザイクの数々
 

(聖書の教典について)

 キリスト教の教典は、旧約聖書と新約聖書からなる。旧約聖書は本来はユダヤ教の教典であり、アダムとイブの話からつながっている。新約聖書はキリスト以降の物語であり、福音書と呼ばれる。

 ユダヤ教の中でモーゼ法律、モーゼ5書が重要である。これに対してキリスト教では4つの福音書が重要となる。ヨハネ、マタイ、ルカなどキリストの弟子やその後の人間がイエスの行動を記録したものである。福音書記者マタイの書いたマタイ伝では東方の3博士の話しが中心。ルカ伝では受胎告知で羊飼いに天使からお告げがあったことが書かれている。しかし、ヨハネ伝にはこのことは書かれていない。

 ビザンチン教会(ギリシャ正教)ではヨハネ伝を中心にしている。一方、ローマ・カソリックではペテロが中心である。初代法王がペテロで、代々法王はペテロの継承者という位置づけになっているからである。一方、プロテスタントは、使徒パウロを中心にしている。このように同じキリスト教といっても、それぞれの違いがあり、イコンなどの材題も変わってきている。

 
 
   
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