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やすんごのギリシャ・イタリア紀行(その34)
ヴェネチアに到着
   

(ヴェネチアへ)

 ラヴェンナ見学を終えると、バスでロメイン街道を通ってヴェネチアに向かう。ローマに続くローマ時代の街道らしい。ロメインレタスと関係あるのであろうかと変な疑問がわく。

 私たちのこの日の宿は、ヴェネチア本島から離れたメストレ地区にあるNHラグーナパレスというホテルであった。本島のホテルは小規模であり、かつ、高いから、35人という大人数のツアーには向かないという判断からだそうだ。

 メストレ地区には、ヴェネチア本島から移住してきた人が多く住んでいる。本島は、古い建物が多く、地盤沈下や冠水の被害も出ており、建物は湿気が高く悪臭がする場合も多い。しかし、場所が限定されているため、非常に土地や建物の価格が非常に高く、現在は多くの人間がメストレに住んで、ヴェネチアに通っているとのことであった。

 ホテルは、外見は近代的だが、それほど施設が整っているわけではない。セミナーや会議をやるのに適しているようである。

 この日の食事は、ホテルから近いレストランでとることになった。ここでは、マカロニ、スパゲティ、魚介類のフィリッタ、そしてティラミスがでた。ワインは、スパークリングの白を学生に出したが、かなり飲んでいた。

 
泊まったホテル
 

(ヴェネチアの基礎知識)

 さて、ここで ヴェネチアの基礎的な知識を整理しておきたい。

 ヴェネチアは、元々は、ゲルマン民族の侵入に対抗して、水上都市であれば防御がしやすいという観点から築かれた町であった。このため、浅瀬に何万本もの唐松をパイルのように打ち込み基礎を固めてある。ヴェネチアを逆さまにすれば森ができると言われるゆえんである。そしてこの基礎の上にそ石をいれて土台を作った。だから、通常の都市建設にあるような地下室は、ヴェネチアでは存在しない。また、こうした軟弱地盤であるため、地盤沈下も生じている。このため、建物はほとんどゆがんでいる。

 イタリアとしては、非常に新しい町である。千数百年の歴史しかない。政治体制は最初から、共和国であり、自由都市であった。指導者は投票で選ばれた。また、侯爵は象徴的な存在であり、選ばれると一生侯爵であったが、世襲ではなく、別の侯爵が選挙で選ばれた。

 ヴェネチアの巨大な富は、貿易で稼いだものであった。けちというとみんなジェノヴァ人を連想するが、同じ海洋共和国であるヴェネチアは逆に浪費の町であった。男性でもブレスレットなどの装飾、服装、外食などを好む。派手ごのみ、見栄っ張りの気質と言われている。カーニバルも派手である。

 
 
 
   
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